句集『たまゆらの霧』田中利政
発行日:2023年12月28日
発行所:岳書館
『たまゆらの霧』十句
一滴に一滴の空露葎
稚児車たまゆら霧の掠めけり
雪渓に幾千万の時空かな
青春の墓標はるかに雲の峰
星今宵刻は零れてゆくばかり
垂直に切り立つ岩場星鴉
滝谷の昏き奈落や日雷
透析の窓一枚に春の景
蘖やつひに噴かざるわがマグマ
潔き裸木として風の中
(抄出 小林貴子)
句集『たまゆらの霧』田中利政
発行日:2023年12月28日
発行所:岳書館
『たまゆらの霧』十句
一滴に一滴の空露葎
稚児車たまゆら霧の掠めけり
雪渓に幾千万の時空かな
青春の墓標はるかに雲の峰
星今宵刻は零れてゆくばかり
垂直に切り立つ岩場星鴉
滝谷の昏き奈落や日雷
透析の窓一枚に春の景
蘖やつひに噴かざるわがマグマ
潔き裸木として風の中
(抄出 小林貴子)
句集『蝦夷富士へ』 許勢元貞(こせ・もとさだ)
発行日:2023年11月22日
発行所:角川書店
『蝦夷富士へ』十二句
蝦夷富士の襞深くせり大枯野
降りしきる雪石狩平野(いしかり)を養へる
雄冬より望む積丹木の根明く
鍋破(なべこわし)酒は生酛の日向燗
乾鮭を嚙むや襟裳の日と風と
海獣の魂の叫ぶよオホーツク真冬
先祖(さきつおや)いづくより来ぬ露の道
縄文の呪文よオショロコマの斑は
根の国の底から吹雪生まるるよ
八月来湯浴みの妻の神隠し
跳人(はねと)の鈴一つひとつにをどる霊
諾へず海を見てをる海鼠かな
(宮坂静生選)
句集『奔馬の如き』 𠮷澤利枝(よしざわ・としえ)
発行日:2023年11月1日
発行所:朔出版
『奔馬の如き』十句
君の背は日向の匂ひ騎馬始
アカシアの花の大連騎馬の夫
わが渾名猪八戒とや旱雲
七転びあとの昼寝の長きこと
虫干しの馬具一式に夫の名
蜩や老いて和顔施志す
みんなみんな死んじまつたよ葛の罠
我になき余生二文字鬼胡桃
気が付けば我は大婆藪柑子
手力男だつた貴方の皮手套
(宮坂静生選)
『岳俳句鑑(たけはいくかがみ)』
発行所:岳書館
発行日:2023年4月30日
人が生きるとは、すべての人が自分だけの生き方を模索することである。独創とは生き方の問題に深く結びついている。しかし、いかなる人であっても、砂漠の真ん中で一人で生きることはできない。人と交わりながら生きる以外に生きられないであろう。そうであるならば、だれもが似た生き方を模索しながら、人が求める最良の生き方を探す以外に生き方はないのではないか。表現者として最も厳しい短詩型の文学に携わる俳人はことばで、誰もが感じていながら、気が付かない、気が付いてもそこまで深めることができなかった領域までことばを生き届かせることができれば、それが「独創」であろう。
―「はじめに―なぜ俳句か」(宮坂静生)より
『俳句鑑賞 1200句を楽しむ』 宮坂静生 編著
発行:2023年5月25日
発行所:平凡社
俳句の面白さは、謎解きにある。五・七・五音の十七音による最短の定型詩を読んで楽しいのは、意味がわかり、同時に映像があざやかに浮かぶからだけではない。作者が読者にさりげなく掛けた謎が理解され、謎を解くスリルを味わうことにある。謎は一瞬の驚きから、よく考えて納得する謎までさまざまである。ときには、これはなにか、と謎掛けを話題にしたり、中には謎がないことを不思議がったりする。そのような俳句の謎解きの楽しみを本書でじっくりと味わっていただきたい。(「はじめに」より)
句集『天龍川』 下島 健(しもじま けん)
発行:令和5年1月31日
発行所:岳書館
『天龍川』十句
検診に逃げ腰の子や葱坊主
立春や嚙むといふこと生くること
天龍川の淀みに入る西日の矢
マラッカの風死せる海暮れにけり
源五郎月の出る夜を待ちて飛ぶ
父も子も風になりたるすがれ追ひ
秋風や井月眠る狐窪
かまきりは鉢巻させてみたき貌
ざざ虫のざざと流され捕らはるゝ
妻呼べば押入れの中十二月
(抄出 小林貴子)
句集『澪杭(みおぐい)のごとく』 幹 自聲(かん・じせい)
発行:令和5年2月14日
発行所:株式会社 文學の森
自選15句
底なしにあをき空あり風花す
朱鷺の首雪降るたびに黒くなり
束風や上路の山の潮まみれ
堅雪を朱に芽鱗のおびただし
水鳥の鋭きこゑを地震の刻
熱燗や廃炉作業に出稼ぎと
除染済確認せんと巣箱掛く
朧夜や狂はぬやうに水を呑む
親不知海より揚がる蟬のこゑ
慰めん夏野へ墜ちし魂ふたつ
蔓荊の香に清貧の月日かな
黄落や死ぬるまで今日積み重ね
鉛筆に詩嚢宿るや霜の夜
灯りて澪杭のごと枯野宿
気嵐の黄金色や立山より暾
句集『柔らかなうちに』山崎妙子
岳書館
2022年9月20日発行
自選10句
柔らかなうちに子の来よ切山椒
恋ひ焦がるるものを持てとや春の山
卒業子薔薇一本を波に置き
打たれるるに非(あら)ねど痛し那智の滝
泉呑むときペンダント胸離れ
芥子の花けふもどこかに人柱
森番の木肌撫でゆく晩夏かな
人ばかり見し半生よ牧は秋
兵となる子らかも知れず甘藷掘る
冬紅葉痛みなき日の吾は王妃
句集『湊』清水美智子
東京四季出版
2022年7月28日発行
宮坂静生選 12句
雪沓の音きしきしととほき日へ
シャンソンや夜叉五倍子緑惜しまざる
ファド聴く今宵リスボンは夏の果
闘牛の咆哮四方の魂しづめ
熊の胆は札代りとよ出熊猟
桜かくし沖に明るさありにけり
雪晴の怒濤南蛮えびまつ赤
木の根明く妖精の杖触るるたび
下駄つくりし父の生業けらつつき
糶なき日浮子のゆるるやあいの風
赤松のどこか人めく晩夏かな
稲滓火匂ふ父母の匂ひとも